
いわゆる黄金の夜明け団、正確に言うと外陣たる黄金の夜明け団,内陣であるルビーの薔薇と金の十字架団,不可視の第三団は,1つの位階構造のもとに成立している。
この位階構造は、団という集団ないしは社会ににおける階級や地位あるいはカリキュラムに対応する。しかし、それのみではなく、個人の精神と世界に関する宇宙論である生命の木に結びつけられた精神の発達モデルとなっている。
イスラエル・リガルディーは,この関係について賢明にも
「団の体系の基本理論は,位階を宇宙に存在する霊的原理と同一視することである。」と述べている(『黄金の夜明け魔術全書』上巻p.13)。
われわれにとって、真に重要なのは後者、即ち精神の発達モデルとしての構造である、あるいは霊的原理と同一視された位階構造である。前者、即ち団における位階は、その不完全な模写に過ぎない。
団により与えられた位階、あるいは自己参入式などで自らに課した位階はちろん、幻視等の神秘体験により達したと感じた位階であっても、精神の発達モデルにおいて私たちが立っている地平を表しているのではない。幻視等の神秘体験により仮に深淵を超えたと感じても、それは<一時的に>その高みに<引き上げられた>のみである。
体験の後にわれわれが住む物理的世界において、神秘体験等を手がかりにその高みを自ら<表現あるいは実現>したときに、初めて真にその位階の表す地平に達したといえるのである。日々の生活、日々の生命の活動こそが、真のイニシェーションの場である。
位階儀式、あるいは位階に対応した神秘体験は、あくまでもその位階が象徴する<高み>を、私たちに垣間見せるだけなのである。<見ること>と<知ること>は、ギリシャ語などでは語源を同じくするが、英語で言う理解する即ちUnder・Stand,その高みの下に立ち、それを自らを通して物理的世界に表現してのみ、私たちは、真に理解した或いは真の意味でその位階に達したといい得るということを、知性的にも感情的にも深く理解する必要がある。
なお、もちろん真の意味でその位階、精神の発達モデルでの地平に立ったとしなくても、不完全な写しである団のカリキュラムなどに対応する位階を進めることは、何ら問題はないであろうことを付け加えなければならない。小密儀の位階は各セフィロトに対応するが、同時にマルクトの四分割円に対応するといわれることの意味を良く理解する必要がある。私たちは積極的にカリキュラムを消化即ち理解し吸収していくべきであろう。
小密儀(外陣・第一団)
(なし) 0=0 ニオファイト (光)
10 マルクト(王国) 1=10 ゼレイター(熱心者) 地
9 イエソド(基盤) 2=9 セオリカス(理論家) 風
8 ホド(壮麗) 3=8 プラクティカス(実践者) 水
7 ネツァク(勝利) 4=7 フィロソファス(哲学者) 火
(なし) ポータル
大密儀(内陣・第二団)
6 ティファレト(美)5=6 小達人
5 ゲブラー(力) 6=5 大達人
4 ケセド(慈悲) 7=4 被免達人
(不可視・第三団)
3 ビナー(理解) 8=3 マギスター・テンプリ
2 ホクマー(叡智) 9=2 マグス
1 ケテル(王冠) 10=1 イプシマス